交通事故の損害補償の話が進みだして、今年はなんとか心穏やかに過ごしたいと思っているこの頃ですが、
やはり、何か理不尽な現実に出会ったり、そういう対応をすると、わなわな・・・とする心情が高まって自分が苦しくてしょうがなくなります。
わなわなからメラメラに高まって、同じことばかりを考えてしまいがちです。

 

 

交通事故の教訓

 

昨年12月に受けた交通事故です。
横断歩道で歩行者が歩いているのを自動車を停止させて待っていた所を、うしろからズドンと追突された「もらい事故」です。
修理代が高額で、被害者である自分は10万円近くは修理代を出すという決着に落ちつきそうですが、何もイイ事がないことなのですが、神様が自分に何か教えようとしてくれるために、起きたことなのではないかと、思うことにしました。

 

示談交渉がうまくいかなくて、弁護士さんに5千円払って相談しましたが、結果的にはそのことが良かったです。
知り合いの査定員たちとは、いうことが違い、クールでした。

 

ほどほどの問題解決

 

クールの意味は、思うようにいかない現実を、ほどほどの解決に導くかということです。

 

世の中にもらい事故の「ぶつけられ損」という言葉は聞きますが、
「怒り損」ということもあるのではないかしら。

 

相手方損保会社の査定員の対応は、実際にはないルールを言ったり、前に言ったことを言っていないとシラを切ったりする不誠実な対応でしたが、それは裁判では訴えられないし、ただ単純に損害補償額を少なくするための原理に動いたものと理解するしかないことを
諭されました。

 

確かに世の中は自分の思い通りに動いてはいないし、
人の感情を逆なでするようなことを平気で言う人間はたくさん居ます。

 

それを「おかしい!」「理不尽だ!」と怒って、眠れなくなったり、体調を崩したりするのは、自分の体を傷つけるだけのように思います。
50歳を過ぎたあたりから、どうも怒りっぽくなっていて、それを繰り返している感じがします。
高齢者にありがちなのかもしれないけれど、
いくらその主張が正しくても、問題が解決しなくて、心が病気になってしまっては元も子もないです。

 

職場でも同じこと

 

ストレスで左親指の爪が凹んでいます。再就職せねばと思い始めたころから変形しています。

 

 

11月、12月は仕事に慣れるのに精一杯でしたが、今は自分の仕事のふがいなさと、職場の役員たちとの考え方の違いとかで、不快感を家に持ち帰ってくる毎日です。

 

私は創業時の元役員なので、考え方は今の役員とは違うし、そもそも一パート職員がいろいろな意見を言えた義理はないですが、理不尽な心情が、ふつふつとマグマのように自分の中で生まれているのがわかります。

 

集団で仕事をするので、当然思い通りにはいくはずもなく、そこを踏まえてほどほどの解決というか落としどころを探って仕事をするしかないのを自分に言い聞かせるしかないです。
年をとれば丸くなるというものではないんですよね。

 

夜心やすらかに眠れるか心配です。
それで、最近はへそ下5センチぐらいのところにカイロを貼って寝ています。
これ自分には結構効果あります。

 

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