ブログを始めた2013年頃は、たま君より先に死んではいけないと思っていました。
その頃は、毎月1回隣の県の大学病院に通っていました。
2カ月半そこの病院に入院しましたが、たま君は捨てられたと思ったのか、淋しく毎日泣いて喉が嗄れていました。
たま君を残して先に逝ってはいけない、そう思い自分が健康に生きることに心掛けるようにしました。

 

 

詮無いことはない。

 

母が猫と暮らしている私を、「猫は詮無い。」と言っていました。
実家には犬が居ますが、飼い主が帰ってくるとキャンキャン喜んだりして、懐くのに、猫はそういう事がない。
猫を一生懸命可愛がっても、かいがないという意味です。

 

猫は一見 人間にこびることも無く、自由気ままに生きているようですが、そんなことはないです。

 

私が知人宅にたま君を預けると、「おーい。おーい。」とこの世の終わりのように泣きます。
仕事から帰ってくると、必ず駆け足で2階からやってきて出迎えます。

 

食事を与えればだれもいいというわけではないのです。

 

獣医にもヤブがいる。

 

たま君は、13歳まで生きました。
亡くなった原因は、ひと口に言えば、老化ですが、
老化して腎不全になったということです。

 

最初に行った獣医に言われたことは、
「あんたが猫の好きなものをやってばかりいるから、エサを食べなくなった。」
それで、食欲推進剤を注射され、その病院で販売しているキャットフードを売りつけられました。

 

1ヶ月経っても、猫缶はちょこっと食べるものの、キャットフードは全然食べないので、別の獣医に連れていきました。
最初の獣医と見立てがもう全然違っていて、これは猫の好き嫌いではなく、脱水症をおこしているので、1週間に1度皮下から、点滴をしていけば、また元気になると言われました。

 

しかし、1週間に1回が、2回になり、毎日点滴をしてもらうようになりましたが、良くはなりませんでした。

 

生まれてからずっと元気でしたので、
だれが信頼できる獣医なのかの判断力が自分にありませんでした。
1ヶ月ぐらいのことですが、別の病院に連れていれば、もう少し寿命が長く伸びたのではないかと後悔しています。

 

自分に懐いてくれたのは、たま君だけです。

 

 

今は車で15分ぐらいの所にあるペットの葬儀場前にある共同墓にたま君は眠っています。

 

お花と線香を供えて拝みました。

 

たま君がなくなって、新しい猫をまた飼えばいいと進言してくれる人は多いですが、猫も大事に育てれば、20歳ぐらいまで生きると言われています。
猫を一生世話をする責任を考えると、自分がそこまで生きているか自信がないです。

 

そう思うと踏みとどまってしまうのです。

 

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