発達障がいの本を読み始めて驚いたことの二つ目です。

 

 

障がいとは・・。

 

障がいと病気の違いで、治らないものを俗に障がいと言います。
「俗に」というのは、病気でも不治の病があるからです。

 

治らないものならば、それを受け止めて、
どう前向きに生きるかということで、
「障がいの受容」ということが良く言われます。

 

発達障がいにおいても、
同じことが言えると思います。

 

コミュニケーションのトラブルが
仕事の世界であります。

 

それは障がいと思えば、相手を憎まなくてもいいのです。
努力して変わるものではないからです。

 

なのに、
「あの人はどうして普通の人と違う。」
「どうして人の気持ちを考えずだまりこんでいるの!」
と、同じことばかりを怒っている人がいます。

 

カリスマ

 

この世にはカリスマと呼ばれる人がいます。
カリスマと一口に言いますが、
二種類のタイプがあると思います。

 

どちらも難しいことばを駆使し、
一般の人がやらないことをします。

 

だけど、周りの人たちがどういう反応をするか、
それを想像しつつも、孤立してもやりぬくタイプと、

 

周りの空気が読めずにやっているタイプです。

 

両方とも理念にもとづいた行動をしていると、
人に感動を与えます。

 

だけども、空気が読めずにやっているタイプの人と
活動していると、こちらが心が傷ついていくばっかりになることがあります。

 

なんだか、空気を読んで動揺しつつ行動している者が、
「日和見主義者」「いくじなし」みたいにされてしまいます。

 

自分がずっと傷ついていた原因が
発達障がいというものにあったのではないかと気づきました。
相手が発達障がいだと思えば、
なんらかの対策を立てれていたかもしれません。

 

レッテルを貼るのは差別だ!

 

職場でも、
いろいろなトラブルがあります。
発達障がいによるコミュニケーションが、原因ではないかということが、
遅ればせながら、わかってきました。

 

役員に伝えたら、
かなり理解してもらえたと思います。
が、実践面でどれだけ生かされているかは別問題です。

 

職員には、
「同じ人間なのに、なんで発達障がいのレッテルを貼る?差別だ。」
みたいな反応が帰ってきました。

 

発達障がいの認定は医師の診断が必要です。
そういう診断をもらっていないのに、人を決めつけるなということです。
同じコミュニケーションのトラブルを繰り返しながら、
本人が自覚していないという場合も多いので、解決が難しいです。

 

だけれども、そういう人に限って、「なんであんたは人の気持ちを考えない?」
「謝るのができないの?普通の人だったら・・・」みたい言動が多く、見るに耐えません。

 

発達障がいというのは、新しい概念ですが、
福祉の現場でも理解してもらうのが、なかなか難しいです。

 

一つ言えることですが、
「常識」「普通の人なら」などという言葉は、
会話ではできるかぎり使わないほうがいいと思います。

 

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