豪雨そのものが不快だった記憶ということではなく、周りの人が不快だった話です。

 

15年前も豪雨が降りました。
今回のように夜明け前の数時間で、1か月分一気に降るということじゃなくて、1週間ぐらい毎日降り続いていました。
そういうこと考えると、今後毎年のように命の危険を伴うような、豪雨の危機に襲われるんじゃないか、などと思ったりします。

 

夜通し堀川を観察していた

 

15年前は、自分の職場がお城の堀の近くにありました。
松江市の城下町というのは、もともと湿地帯だったところを、堀川を開削して人工的に作った町です。

 

ゆえに地盤が緩く、地盤沈下しやすいし、水浸しになってしまうリスクも高い地域です。

 

1週間ぐらい雨が降り続いてきて、お堀の水が日増しに上がってきました。
近所さんに聞いたら、過去浸水したこともあると言っていました。

 

そこで、自治会長さんに避難所を開設してもらいました。
堀川があふれそうになったら私が自治会長さんに連絡することになっていました。

 

満水まであと50センチぐらいのところに近づいたので、事務所に泊まり込んで、何時間かに起きて水位を見ていました。

変なんだわ、あの人

 

事務室の別の部屋によったら、会話が中から聞こえてきました。

 

「たまくん太陽さんは、事務所に泊まり込んでずっと水位を見てるんだってさ。」
「あの人変なんだわ。」

 

えっ、どこが変なの?
なんだか力が抜けそうになってきました。

 

自分の趣味で、水位を観察するわけではないです。
なんのためにやっているんだと力が抜けそうになってしまいました。

 

いまから思えば、建前と本音が解離した人だったから、さんざん悪口を言われていたのかもしれない。

 

思えばあの頃から病んでいった

 

水位は幸い、満水するまで上がりませんでした。
しかし、心に傷跡ができた感じです。

 

そんな職場だったら、すぐ辞めればいいじゃないか。
一般の職員だったら、そうすればいいですが、
なまじっか、責任のある職についていると、そういう決断はできないのです。

 

代わりに引き継いで行ける人材もいなかったし、何か転機のチャンスを待つしかなかったのです。

 

その年の秋ぐらいから、目が充血したり、意味不明の咳が出続けたりしました。
もともとの体質もあるのですが、心理的なことが影響したんだと思います。

 

悪い思い出は忘れればいいのかもしれないが

 

悪いことはすぐ忘れる人は多いですが、
自分はそういうことはないです。

 

あの時、どうすれば良かったのか、今でもあれこれ考えます。

 

そん時懲りたこともあるけれど、
今はだれかと組んでやることに、ゲップがでそうなぐらい嫌悪感があるので、
一人でできる事、やりたい事を一歩一歩という模索の段階です。

 

でも、前の職場やめて1年、そろそろ軸を定めていかないといけません。

 

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