中世キリスト教の人々は、聖書に登場する宝石の色や性質を手がかりに、信仰や謙遜、殉教、愛などのキリスト教的徳を読み取っていたことは先に述べました。(中世キリスト教では宝石にどんな寓意が与えられていたか? 【9世紀の時代編】)
中世前期の後半の初頭、キリスト教徒の美徳や信仰を説くために12の土台石について寓意的解釈を述べたベーダを紹介します。
『新約聖書』「ヨハネの黙示録」の新しいエルサレムの12の土台石
新しいエルサレム Malnazar and Aghap’ir作 1645年
天使は聖ヨハネに天上のエルサレムを見せる。

画像出典 Wikimedia Commons
『新約聖書』「ヨハネの黙示録」では、この世は一度滅び、その後に、新しい神の国が誕生することが書かれています。
その新たに誕生した国の聖なる都であるエルサレムの城壁は、12の土台があり、それぞれ美しい宝石で飾られていました。
中世のキリスト教では、この12の土台石を寓意(allegory)的な解釈を通してキリスト教徒が持つべき美徳や信仰を説いたのです。
寓意(アレゴリー:allegory)とは、目に見えない抽象的な概念やメッセージを、具体的な物や物語に置き換えて表現する技法のこと。有名なのがイソップ寓話です。動物等の物語の形をとりながら人間の教訓を伝える物語です。
ベーダの『Explanatio Apocalypsis』(ヨハネの黙示録注解)
7〜8世紀の神学者であるベーダ・ヴェネラビリス(Beda Venerabilis 673/674-735年)は、イングランドのキリスト教聖職者・歴史家・教会博士です。
先行する教父や黙示録注解者の解釈を重要な基盤としつつ、古典古代の知識や複数の聖書解釈の伝統も取り込み、それらを体系的に再構成した注解書を書き上げました。
この『Explanatio Apocalypsis』(ヨハネの黙示録注解)は、8世紀初頭(西暦710年〜716年頃)
ジェームズ・ドイル・ペンローズ(1862-1932)著『尊者ベーダによるヨハネ福音書の翻訳』
ロイヤル・アカデミーで展示された「最後の章(ベーダ)」からの挿絵(1902年)

画像出典 Wikimedia Commons
先行するキリスト教の黙示録注解者たち
ペッタウのヴィクトリヌス(Victorinus of Pettau/Victorinus of Petovio)3世紀後半
現存するラテン語の黙示録注解の初期の例を残した人物です。ベーダはその注解の伝承も利用しました。ネットで読めます。→ ペタウのウィクトリヌス『ヨハネ黙示録註解』
ティコニウス(Tyconius あるいはTychonius)紀元370~390年頃活躍
ドナトゥス派に属するアフリカの信徒神学者で、『規則の書』(Liber Regularum)の著者。彼の注解は後代の著者に影響を与えましたが、著作の全体は現存していません。『ヨハネの黙示録』の注解がありますが失われ、アウグスティヌス、プリマシウス、ベーダ、リエバナのベアトゥスらの引用から知られています。
アウグスティヌス(Aurelius Augustinus)354〜430年
フィリップ・ド・シャンパーニュによる肖像画。1645年頃〜1650年頃、ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵

画像出典 Wikipedia アウグスティヌス
『神の国』などで展開された教会と歴史についての解釈。ベーダの黙示録解釈にも、その影響が認められます。
プリマシウス(Primasius of Hadrumetum)(6世紀)
アフリカのハドルメトゥムの司教であり、ビザケナの首座司教でした。
ティコニウスらの先行する解釈を受け継いだ黙示録注解者です。ベーダはティコニウスだけでなく、プリマシウスの注解も重要な資料として利用したと研究されています。
ベーダの12の土台石の寓意的解釈
ベーダの本文第21章では、12石について「石の自然・産地を詳しく述べ、その後に神秘的意味を探り、さらに順序と数字も扱う必要があった」と最後に述べています。
その『Explanatio Apocalypsis』(ヨハネの黙示録注解)で記述されている12の土台石の寓意的解釈を下記の一覧表にまとめました。
※以下の「Iaspis」等の石名ははベーダのラテン語を基本とし、現代鉱物名との同定と必ずしも一致しません。()内に現代の宝石名に一般的に同定解釈されている鉱物名を記載していますが、特にサファイア、クリソライト、トパーズ、クリソプラース、ヒヤシンスなどは、現代の鉱物名をそのまま当てはめないよう注意が必要です。
ベーダ『Explanatio Apocalypsis』の一覧表
| 順番 | ① 石の名称 | ② 物理的特徴 | ③ 聖書的・寓意的な解釈 |
|---|---|---|---|
| 1 | Iaspis (碧玉) | 多くの種類があり、緑色、花のような色、エメラルドに似るもの、雪や海の泡を混ぜたような色など。 | 信仰(fides)の永遠に衰えない緑を表す。キリストの受難と洗礼によって信仰が養われ、信仰を持つ者はむなしい恐れを退ける。 |
| 2 | Sapphirus( サファイア) | 空が晴れたときのような色。太陽光を受けると燃えるような輝きを発する。また紅海で見つかるともいう。 | 天上の希望(spes coelestis)の高さ。天上のものを常に求める聖なる魂を表す。神の光によってさらに熱心になり、永遠のものを求め、他者にも勧める。 |
| 3 | Chalcedonius (カルセドニー) | 淡いランプの炎のように輝き、屋内ではなく戸外で光を放つ。太陽光や摩擦で熱すると藁を引き寄せるともいう。 | 内なる愛(caritas)の炎。人目につかないところで断食・施し・祈りを行う人を表す。必要になれば公の場に出て、その内なる光を他者に示す。また弱い者を自らの光へ引き寄せる。 |
| 4 | Smaragdus( エメラルド) | 非常に強い緑色で、草・葉・宝石を凌ぎ、周囲の空気まで緑色に染めるという。スキュティア産、バクトリア産、エジプト産などを挙げる。 | 逆境の中でも揺るがない信仰。世の苦難を受けるほど、天上の永遠の遺産への希望を強くする魂を表す。さらに他者へ信仰を説く。4番目なのは四福音書に対応。 |
| 5 | Sardonyx (サードニクス) | オニクスから白、サルディウスから赤を得た石。赤一色に近いもの、赤白二色、黒・白・赤の三色のものなど、複数の種類がある。 | 聖人の諸徳の中の謙遜(humilitas)。身体の苦難による赤、精神の純潔による白、そして肉体の弱さを自覚する謙遜を表す。さらに5番目なのは五感に対応。 |
| 6 | Sardius (カーネリアン等) | 全体が血のような色。 | 殉教者の尊い血(martyrum cruor)と栄光を表す。6番目なのは、キリストが世の「第六の時代」に受肉し、第六曜日(金曜日)に十字架につけられたため。 |
| 7 | Chrysolithus (クリソライト等) | 黄金のように輝き、燃える火花を持つ。青緑色の種類もあり、ベーダはその色を海の色に似るとしている。 | 霊的な説教(spiritualis praedicatio)。天上の真の知恵に輝く人が、他者への勧告の言葉や徳のしるしを、火花のように放つことを表す。7は聖霊の七つの霊/七重の恩寵を象徴。 |
| 8 | Berillus (ベリル) | 太陽の光を受けた水のように、赤みを帯びて美しく輝く。六角形に研磨して初めて強く輝くとする。角が光を反射して輝きを増す。 | 説教者の完全な働き(perfecta operatio)。知性に優れた人が、さらに天上の恩寵によって輝くことを表す。水=深い理解、六=行為の完成。聖なる人と結びつく者も、その善い生き方の「火」によって励まされる。 |
| 9 | Topazius (トパーズ) | 発見が稀で、そのため高価。純金色と天上のような透明な輝きという二つの色を持つとされる。太陽光で非常に強く輝く。磨くと暗くなり、自然のままだと輝く。 | 熱烈な観想(ardens contemplatio)。天上の生活を見つめる観想的な生き方を表す。金色=内なる愛の炎、天上の色=天上の観想。9は九つの天使の階級、また完全な至福に近づく段階として解釈。 |
| 10 | Chrysoprasus (クリソプレーズ) | 緑と金色が混ざり、紫色の光と金色の斑点を持つものもある。インドで産するとされる。 | 殉教者の働きとその報い。永遠の故郷の「緑」を完全な愛によって得、それを殉教の紫色の光によって他者にも示す人々を表す。10は完全な愛・十戒に関連する。 |
| 11 | Hyacinthus (ヒヤシンス) | エチオピア産。青色で、濃すぎず薄すぎないものが最良。晴天では透明で美しく、曇ると目の前から消えるように見え、色あせる。 | 学識ある教師・教会博士の天上への上昇と、弱い者のための謙遜な下降。天上の事柄を求めながら、人間の理解を越えることを無謀に探求せず、また信仰の初歩へ後退もしないという「節度」を表す。 |
| 12 | Amethistus (アメシスト) | 紫色にスミレ色が混じり、薔薇のような輝きと、穏やかな小さな炎のような光を放つ。紫の中にワインのような赤色も見える。 | 謙遜な人の心にある、天上の王国への絶えざる記憶。紫=天上の王国、薔薇色・スミレ色=聖人の謙遜・尊い死。さらに愛の炎を迫害者にも及ぼし、キリストが父の国で飲むと約束した「天上のぶどう酒」を常に思う姿を表す。 |
12の土台石の寓意体系はベーダの時代にはすでに成立
前回の9世紀のラバヌスと、8世紀のベーダの要約を比較してみました。
| 石 | ベーダの要約 | ラバヌスの要約 |
|---|---|---|
| Iaspis | 信仰の緑 | 信仰 |
| Sapphirus | 天上の希望 | 天上の希望 |
| Chalcedonius | 内なる愛の炎 | 内なる愛の炎 |
| Smaragdus | 逆境における強い信仰 | 逆境における強い信仰 |
| Sardonyx | 聖人の徳の中にある謙遜 | 聖人の謙遜 |
| Sardius | 殉教者の崇敬される血 | 殉教者の血 |
| Chrysolithus | 奇跡の中での霊的な説教 | 奇跡・説教による霊的な宣教 |
| Berillus | 説教者の完全な働き | 宣教者の完成された行い |
| Topazius | 熱烈な観想 | 熱烈な観想 |
| Chrysoprasus | 殉教者の働きと報い | 殉教者の行いと、その報い |
| Hyacinthus | 天上の高みへの昇天と、弱者のために人間的な事柄に謙遜に降りてくること | 教師が天上へ引き上げられ、弱い者のために人間の側へ降りること |
| Amethystus | 謙遜な心の天国への絶えざる記憶 | 謙遜な者の心にある、天上の王国への絶えざる思い |
このように比較してみると、12の土台石の寓意的な意味は、ベーダもラバヌスほとんど同じものです。つまり、12の土台石の寓意体系はベーダの時代にはすでに成立しており、ラバヌスが9世紀にそれを受け継いだと言えるでしょう。
宝石の神話や伝説を集めてきます! ぜひポチっと押して、応援してください。⇩
