
スピネルは2021年、日本の誕生石改訂で8月の誕生石に加えられました。
このスピネルは、コランダム(ルビーやサファイア)と同じ場所から産出し、赤いスピネルは、近代の鉱物学が発展するまでは、ルビーと混同されていたと言われています。
しかし、昔の人たちは、本当に赤い宝石として全く区別ができなかったのでしょうか。まずは、スピネルの特徴をひとつひとつ見てみましょう。
スピネルのプロフィール
スピネル (spinel)の名前 和名は「尖晶石」
スピネルは、ダイヤモンドと同じく「正八面体」(ピラミッドを底同士をぴったりと貼り合わせた形)の結晶で産出されることが多く、その先端が尖っているため、ラテン語で「小さな棘」を意味する「 spinella(スピネラ) 」から名付けられたとされています。
和名の「尖晶石(せんしょうせき)」も、その特徴からきています。
また、火花を意味するギリシャ語「spintharis(スピンタリス)」が由来であるという説もあります。
スピネルの結晶は、正八面体

スピネルは鉱物名であり、宝石名
スピネルは鉱物名であると同時に宝石名です。
スピネルは、マグネシウムとアルミニウムの酸化物で化学組成はMgAl₂O₄です。
レッドスピネルとルビーの比較
18世紀後半には、スピネルがルビーとは異なる結晶形を持つことが認識され、両者を鉱物学的に区別する道が開かれました。
その後、鉱物学的な違いが明らかになっていきました。
下記の表にまとめましたが、ルビーの方がスピネルより硬く、重いということができます。
| 特徴 | レッドスピネル | ルビー |
|---|---|---|
| 鉱物名 | 尖晶石(マグネシウムとアルミニウムの酸化物) | コランダム(酸化アルミニウム) |
| モース硬度 | 8 | 9(ダイヤモンドに次ぐ硬さ) |
| 結晶の形 | 正八面体 | 六角柱状 |
| 光の屈折 | 単屈折(多色性がない) | 複屈折(角度によって色味が違って見える多色性がある) |
| 比重 | 3.58〜3.61 | 3.97〜4.05 |
スピネルの色相
コバルトブルー・スピネル

スピネルには、赤、橙、緑、青、紫、黒が見られます。特に、赤色スピネルが「バラス・ルビー」と呼ばれ、ルビーと同じような赤い宝石として扱われてきました。
ただし、天然で宝石品質の鮮やかな黄色のスピネルは非常に珍しいのです。
ラベンダー・スピネル

スピネルの石言葉
スピネル

スピネルの石言葉は、
活力 情熱 再生
です。
活力
生命力や行動力を象徴する言葉。スピネルの鮮やかな色彩と強い輝きから、心にエネルギーを与え、いきいきとした力をもたらす石とされています。
情熱
燃えるような赤色のスピネルから連想される石言葉です。愛や夢、目標に向かって熱い思いを貫く力を象徴し、内に秘めた情熱を呼び覚ますとされています。
再生
鮮やかな色彩と強い輝きを持つスピネルから、困難や挫折を乗り越え、再び立ち上がる力を象徴します。新たな一歩を踏み出す生命力や前向きな変化を表します。
ルビーとスピネルは本当に混同されていたの?
19世紀末まで、ヨーロッパ王室の宝物であるルビーと呼ばれていた赤い宝石は、後の化学分析でスピネルだったことが判明しています。
しかし、その事実をもって、昔の人たちはルビーとスピネルを混同していたと言い切れるのでしょうか?
まずはヨーロッパ王室のスピネルを見てみましょう。
ヨーロッパ王室の有名なスピネル
黒太子のルビー(実際はスピネル)

これが、大英帝国王冠の正面中央部に据えられた赤い宝石が有名な「黒太子のルビー」です。14世紀にエドワード黒太子がカスティーリャ国王ペドロ1世より譲り受けたとされています。
これは、約170カラット(約34g)の赤い石であり、後の時代にルビーではなくスピネルであることが判明しました。
バラスルビー(Balas ruby)?
ただ、1521年王室財産目録には、この黒太子のルビーは、「a great balas ruby」と記載されているのです。つまり、「バラス ルビー」というルビーの一種と言う表現です。後世では、Balas Rubyは、現在では主に赤色スピネルを指す歴史的名称といわれています。
ティムールルビー
「ティムール ルビー」は、361カラットで、大きなルビーと思われていました。14世紀にアジアを征服したティムールが手に入れた宝石と伝承されています。
1849年にイギリスの東インド会社を経てヴィクトリア女王に献上され、現在はイギリス王室のコレクションに保管されています。
これもまた後の時代に、ルビーではなくスピネルであることがわかりました。
エカチェリーナ2世のルビー
2020年ロシア切手シリーズ「ロシアの至宝:ロシアのゴクラン創設100周年」より、大帝冠のスピネルをあしらった切手。

「エカチェリーナ2世のルビー」と呼ばれる約398.72カラットのルビー(後にスピネルと判明)は、1762年の戴冠式のために作られたロシア帝国の大帝冠の頂点(十字架の下)に据えられています。
18世紀の半ば、ようやくスピネルが結晶の形が違うということが発見されたばかりという状況で、スピネルはルビーと識別が不能だったのです。
しかし、昔の人が、スピネルをルビーと全く識別していなかったのかというと疑問がでてきます。
11世紀 イスラム圏の宝石学では赤い別の石 ラアル(laʿl)
11世紀のペルシャの学者アル・ビールーニー(973–1048)は、著書『宝石の知識の書(Kitāb al-Jamāhir fī maʿrifat al-jawāhir)』の中で、ルビーに比定される「ヤークート(yāqūt)」と、スピネルに比定される「ラアル(laʿl)」を別の宝石として扱っています。
現代の研究では、アル=ビールーニーが比重などの物理的性質を用いて、これらを区別しようとしていたと評価されています。ヨーロッパの古代や中世の宝石の学問が、色や見た目に着目していたことを考えると、比重などの測定で区別するのは画期的なことです。
そして、後世のイスラム圏の宝石学では、laʿl-i Badakhshān(バダフシャーンのラアル)との表現が現われます。(かつてはアフガニスタンのバダフシャーン地方では、有名なルビーやスピネルがの産出地でした。)
「スピネルは、古代・中世にはしばしばルビーと混同されていた」と言われますが、アラブの宝石学の世界では、アル・ビールーニーが『ヤークート(yāqūt)』と『ラアル(laʿl)』を別の宝石として扱っていたというわけです。
現代の研究者は、このlaʿlを赤色スピネルに相当すると考えていますが、鉱物学が未発達な時代では、ヤークート(yāqūt)=ルビー、ラアル(laʿl)=スピネルという単純な図式ではないと思われます。
13世紀 イスラム圏の宝石学では、バラクシュ(Balakhsh)
続くイスラム圏の鉱物学者であるアル=ティファシ(Aḥmad al-Tīfāshī, 1184–1253)は、『宝石とその価値について』の中で、『ヤークート(yāqūt)』とは別に、『バラクシュ(Balakhsh)』について述べています。
アル=ティファシは、「『マサーリク・アル=アブサール』では、これはラアル(laʿl)とも呼ばれる、とある。」と書いているので、ラアル(laʿl)=バラクシュ(Balakhsh)ということになります。
アル=ティファシが書いているのは次の通りです。
- Balakhshの鉱山は、バルフシャーン(Balakhshān)の周辺にある。
- Balakhshには赤・緑・黄色がある
- 赤が最上級
- yāqūtに似ている
- しかしyāqūtと同じ性質をすべて持つわけではない
- 価値は良質なyāqūtの半分ほど
13世紀の後半のマルコポーロの『東方見聞録』ではバラシ(balasci)
マルコ・ポーロは、現在のアフガニスタン北東部にあるバダフシャーン地方を訪れた際、「この山からはここでは、balasci(バラシ)と呼ばれる貴重な石が産出する。それらは非常に高価で、他の鉱脈と同じように山から採掘される。その王国の外へその石を持ち出す者には、死刑の罰がある。」と述べています。
この記述から、balasciという名称がバダフシャーン地方(Balascia)となんらかの関係がある可能性が考えられます。
13世紀後半のヨーロッパの宝石では、バラギウス(Balagius)
13世紀の学者アルベルトゥス・マグヌス(1200頃〜1280)が、その著書『鉱物論(Liber Mineralium)』の中で赤い石の総称カーブンクルスの「雌」である「バラギウス(Balagius)」という石を、記述しています。
◇バラギウス Balagius
『アルベルトゥス・マグヌス 鉱物論』 沓掛俊夫 編訳 朝倉書店
バラギウスはバラティウスとも呼ばれ、赤色の宝石で、極めて輝かしい透明な物体である.これはカーブンクルスの雌だと言われているが、その色と力はカーブンクルスのそれに似ていても、牡に比べて雌のようにより弱いからである。
[カーブンクルスの]「家」と呼ぶ人もあり、そのため「宮殿」とも呼ばれる.しばしばカーブンクルスがその中で生じるが、最近では一つの石の中で、外観がバラギウスで内側がカーブンクルスのものが見つかっている.そのためアリストテレスは、この石はカーブンクルスの一種だと言っている.
※カーブンクルスは、古代ローマ時代からの赤い石の総称。ザクロ石やルビーも含まれているとされています。ここでいう『アリストテレス』の典拠は、現代ではアリストテレス本人の著作ではなく、偽アリストテレス文書と考えられています。
このバラギウスあるいは、バラティウスは、先のBalascやBalakhshにゴロが似ていますね。現代の研究では、 このBalasや Balakhsh、Balasci、Balagiusという名称には、バダフシャーン地方(Balascia)との語源的・地理的なつながりが考えられています。
まとめ
私たちは「昔の人はルビーとスピネルを混同した」と考えてしまいがちです。しかし、中世の文献には、現代のルビーに相当する可能性のある赤い宝石とは別に、別の赤い宝石を示す名称が存在しました。
区別していたわけですから、実は単純に混同したわけではなかったのです。
ただし、古い文献に登場する、これらの名称(laʿlやBalas、Balakhsh、Balasci、Balagius)が常に現代の赤色スピネルだけを意味していたのかについては、慎重な検討が必要です。
参考文献
- 『価値がわかる宝石図鑑』著者 諏訪恭一 発行 ナツメ社
- 『ジェムストーン百科全書』 著者 八川シズエ 発行 中央アート出版社
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