
6月の誕生石であるアレキサンドライトは、1830年に、ロシアのウラル山脈で発見された宝石で比較的新しい宝石です。
自然の光では、青緑色なのに、白熱光では赤紫に色変わりする大変珍しい宝石です。
このアレキサンドライトの宝石の魅力を探っていきます。
アレキサンドライトのプロフィール
アレキサンドライトの語源
ロシア皇帝 アレクサンドル2世にちなむ名
一般に知れ渡った説ですが、アレキサンドライトは、1830年にロシア帝国のウラル山脈東側のトコワヤのエメラルド鉱山で発見され、当時のロシア皇帝であるニコライ1世に献上されたとされています。
帝室騎馬近衛連隊の軍服を纏ったアレクサンドル2世

そして、その献上された日(4月29日)が、後にロシア皇帝アレキサンドル2世(1818年〜1881年)となる皇太子の12歳の誕生日だったことから、アレキサンドライトと名づけられたとされています。参考 Wikipedia アレキサンドライト
アレキサンドル2世にちなんだ名前というのは確実と思われますが、その他の発見された年とか、皇太子の12歳の誕生日ではなく、成人の日(16歳)であるとか、諸説あります。
例えば、レスコフ(1831〜1895)『アレクサンドライト』(1885)では、「鉱石にその名がつけられたのは、これが発見されたのが1834年4月17日、つまりのちに皇帝アレクサンドル二世となられる皇太子のご成人の日だったからである。」とあります。(ユリウス暦で4月17日は、グレゴリオ暦で4月29日)
また、宝石業界に多大な影響をもたらしたジョージ・フレデリック・クンツ『The Curious Lore of Precious Stones』(1913)には、「この宝石は1838年、のちにアレクサンドル二世となるロシア皇太子が成年に達した日に発見されたと伝えられている。」とあります。
最近の研究では、(参考 Wikipedia ニルス・グスタフ・ノルデンスキョルド )
1833年年頃 ウラルのトコヴァヤ川近くのエメラルド鉱山で変色する結晶が採れる
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伯爵レフ・ペロフスキーが標本を入手、それをフィンランドの鉱物学者ノルデンショルドが鑑定
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1834年 皇太子アレクサンドルに献呈され「アレキサンドライト」(Alexandrite)の名称が用いられる。つまり16歳で成人。※ロシア帝室(ロマノフ朝)の法典では、皇族の男子が成年に達するのは16歳である。
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1842年ノルデンショルドが「Alexandrite」鑑定 新しい変色クリソベリルと判断する
現在広く知られている『1830年発見』説もありますが、鉱物史研究では1833~1834年頃の発見・1834年の献呈・1842年の学術記載という経緯が史料的にはより確実と考えられているようです。
アレキサンドライトの鉱物学的性質
アレキサンドライトは、クリソベリル(金緑石)の鉱物の仲間のひとつです。
クリソベリル

クリソベリルは、主に四つの宝石に分類されます。アレキサンドライトは、外見や現象(変色効果)がクリソベリルと違っていますが、同じ鉱物です。
クリソベルの化学式は、BeAl2O4です。これに、クロムが含まれるので、アレキサンドルライトの変色効果が現われます。
クリソベリル・・・キャッツアイ効果の無いもの
クリソベリル・キャッツアイ・・・キャツアイ効果があるもの
アレキサンドライト・・・自然光では緑がかっているが白熱光では赤味がかった色に変化するもの(変色効果)
アレキサンドライト・キャッツアイ ・・・アレキサンドライトであり、かつ、キャッツアイ効果があるもの
アレキサンドライト・キャッツアイ

アレキサンドライトの変色効果
この変色効果(カラーチェンジ効果)ですが、自然光では、青緑色に見え、白熱光やロウソクの光の下では、赤紫に見えます。ただし、蛍光灯の光では、赤紫色にはなりません。
アレキサンドライトの変色効果


アレキサンドライトの石言葉
クリソベリル・キャッツアイの石言葉は、
高貴・秘めた思い・出発・成功
です。
高貴
昼は深い緑、夜には赤紫へと姿を変えるアレキサンドライトは、気品あふれる美しさから「高貴」の石言葉を持つとされています。皇帝アレクサンドル2世にちなんで名付けられたという逸話も、その格調高いイメージを象徴しています。
秘めた思い
光によって色が変わるアレキサンドライトは、心の奥に秘めた感情や、本当の自分を映し出す宝石と考えられてきました。表情を変える神秘的な輝きが、「秘めた思い」という石言葉につながったといわれます。
出発
昼と夜で異なる表情を見せることから、変化や新たな一歩を象徴する宝石とされています。人生の転機に前向きな気持ちで進む力を与えてくれると信じられ、「出発」の石言葉が生まれました。
成功
状況に応じて美しく姿を変えるアレキサンドライトは、変化を受け入れながら道を切り開く象徴とされています。困難を乗り越え、努力を実らせる宝石として、「成功」の石言葉が広く親しまれています。
アレキサンドライトの神話と伝説
アレキサンドル2世の人生 〜緑の朝と血の夜〜
アレキサンドライトが地球上で初めて発見されたのは1830年代のロシアなので、古代の神話や中世の伝承には登場してきません。
しかし、近代のロシア文学においてアレキサンドライトを扱った小説はあります。代表的なものが、『アレクサンドライト』(ニコライ・レスコフ 著 / 1884年)という短編小説です。次がこの小説のだいたいのあらましです。
ロシアでは、アレクサンドル2世の悲劇的で痛ましいご逝去(暗殺による死)を悼み、大切な故人を偲ぶ記念品を持ちたいと願い、主人公の私も、なんとか一番人気のアレキサンドライトの指輪を手に入れました。
それは、故アレキサンドル2世の功績を称えるかのようなシンボリックな造りでした。中央にアレキサンドライトが一つあるだけではなく、アレクサンドル2世の2つの事業を象徴するかのような0.5カラットのダイヤが両側にあしらわれていました。
2つの事業とは、農奴の解放と、暗黒政治に代わる裁判制度の制定です。アレクサンドル2世は、クリミア戦争敗北後のロシアを近代化に尽力した皇帝だったのです。
ある時、私は1884年の夏にチェコに行く機会がありました。出発する前に、ペテルスブルグの友人から最高級のパイロープ・ガーネットを2つばかりボヘミアから持ってきてほしいと依頼を受けています。
かなり大きい美しい色のガーネットを手に入れることができましたが、残念なことに色合いの美しい方の石が、研磨がひどく粗雑であり、ブリリアントカットだったけれど、上面がどこか不細工で直線的にカットされていました。
しかし、石選びのチェコの指南役が、現地でヴェンツェリ老人という有名な研磨職人にその石をカットしなおしてもらえば良いと勧めてくれたので、その職人の所に私は行くことにします。
そのチェコの指南役が言うことには、ヴェンツェリ老人は、職人ではなくて芸術家である、カバラ派の神秘主義者であり、同時に激情型の詩人でもある。大変な迷信家でもあり、ひどく風変わりな人間だが、腕は一流で、そのガーネットの石は素晴らしいものになると。
私は、そのヴェンツェリ老人もとに向かいました。ヴェンツェリ老人は背の高い、少し猫背の痩せた老人でした。まなざしは高い集中力と尊大にふるまうような気配を漂わせる、まるでリヤ王を演じることができるような人物でした。
ヴェンツェリ老人は、そのガーネットを見るや、「あいつ」と生き物のように呼び、研磨を引き受けます。しかし、私が何日も通いつつも、ヴェンツェリ老人は話ばかりして、一向に作業にとりかかりません。
業を煮やした私は、明日、石を受け取りに最後にもう一度店に来ることを告げます。
翌日ヴェンツェリ老人の家に来ると、ガーネットは仕上がっていました。中央がマントのフードのように盛り上がり、光を取りこんできらめき始めました。実際、石の中で燃え尽きることのない魅惑的な血のしずくがめらめらと燃えていました。
私は、パイロープをいくら見ても見飽きせず、それをヴェンツェリ老人に告げようとするより前に、彼は思いがけない行動にでました。
彼は私の指に嵌めているアレキサンドライトの指輪をつかんで、こう言ったのです。
「わしの息子たちよ!チェコ人たちよ!さあ早く!ほらこれが、あんたに話した予言するロシアの石だよ!陰謀を秘めたシベリアの石だよ!こいつはずっと希望をあらわす緑色をしているが、夕方には血まみれになる。原初からこんな風だったが、長いこと地中に隠れていて、神託を受けた魔法使いがシベリアに探しに行ったとき、アレクサンドル帝のご成人の日に初めて自分を見つけさせたのだ。」
続けて、
「こいつの中には緑の朝と血の夜がある・・・・。これは運命、高潔なアレクサンドル帝の運命なのじゃ!」と言い、泣き出しました。
私は、この石が突然、事物の深い秘密に満たされたように思われ、心が愁いに締め付けられたのでした。
参考文献
- 『価値がわかる宝石図鑑』著者 諏訪恭一 発行 ナツメ社
- 『レスコフ作品集2 髪結いの芸術家』 訳 中村喜和・岩浅武久 発行 群像社
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